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東京高等裁判所 昭和43年(う)2116号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(控訴趣意)

弁護人伊丹経治提出の訴訟趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

訴訟趣意第一点について、

所論は、要するに、原判決が被告人の暴行の態様につき、高橋三郎を投げ飛ばす等の暴行を加え、同人の頭部を自動車の車体に打ちつけさせて傷害を負わせたと認定した点および弁護人の正当防衛の主張を認めなかつた点において原判決には判決に影響をおよぼすことの明らかな事実の誤認があるから、破棄を免れないと主張するものである。

よつて記録を精査し、当審における事実取調の結果にも徴すれば、原判決の「被告人が高橋三郎を投げ飛ばす等の暴行を加え、同人の頭部を事務所入口付近に駐車中の自動車の車体に打ちつけさせて傷害を負わせた」との認定にそう証拠は、被害者である証人高橋三郎の原審および当審公判における供述であるところ、右供述をし細に検討すれば、所論指摘のとおり、供述中の重要な部分に矛盾が認められ、不可解な点もあり、右供述は、信憑性に疑いがあるといわなければならない。すなわち、高橋証人は、原審公判において最初、同人が「被告人から事務所の外に押し出されたら被告人に背負投げをくつてしまいそのため車に頭を打つてしまつた」、「外に出ても押された、そして今度は背負投げをくつたから車に頭をぶつけた」、「どんどん押されてからわざをかけられた、そのために車のバンバーのところに頭を打つて一時気を失つた、暫らくして何が何だかわからず手でつかまりながら立上つた」と述べたところ、背負投げであれば、その際における自動車との位置関係からみて、通常足の方が車にあたり、頭があたることはおよそ考えられないので、この点を検察官からただされると、「背負投げといつてもそんなに大げさなものではなかつたと思う、ただどういうふうに投げられたか当時意識がはつきりしなかつたのでよく覚えていない」と述べるにいたつたことは、投げられ方に関する前後の供述に矛盾が認められるばかりでなく、まだ頭を打ちつけない時点において意識がはつきりしなかつたというがごときは、まことに不可解な供述というほかないのである。次に高橋証人は当審公判において「背負い投げの形はどんなものかはつきりしないが、自分のどちらかの腕をとられ、被告人が私の前側に後向きのような形になつてきて腕を引張られて投げられた」と述べているが、このような投げられ方では、後頭部が車のバンバーにあたることは考えられないので、この点を追究されると、今度は、「……投げられた瞬間腕がはなれたか、持たれたままか……」とあいまいな供述に変り、さらに、「投げ飛ばされたのか、それとも背負い投げか」との問に対し、「瞬間的で肩越しか、斜めか、横からか記憶がない」と答え、結局どんな投げ方をされたかはつきりしないということに帰着する。また、同証人は、当審公判において、後頭部がバンバーにぶつかつたことがわかつたのは、「無意識に車が見えたが、ほかに物はなく、バンバーに頭がのつているような気がした」からであると述べているが、この点も、一時気を失つて暫らくして何が何だかわからず手でつかまりながら立上つたという前記供述といささか矛盾するものがあることなど同人の当審における供述を原審における供述に対比検討するとき、その間すくなからず相互に矛盾し、又はそれ自体あいまいな点のあることが認められるのである。そして、これら高橋証人の矛盾撞着の多い首尾一貫しない供述を、証拠上うかがわれる、同人が本件事犯後自己の受傷の程度ならびにその後後遺症の有無につきいささか異常と思われるほどあれこれ医師の診断を受けている状況ならびに被告人およびその勤務会社の社長に対し、本件について多額の損害賠償の請求をしている事実等に対照して考え、かつ、被告人側の反対証拠と対比して検討するとき、同人の供述は、その重要な点において信憑性を欠く疑いがあるものといわなければならない。以上の次第で、高橋証人の供述を原判示の態様の暴行(これに基づく傷害)の事実を認定する証拠とすることについては、ちゆうちよさせられるものがあり、右証拠をのぞき他の証拠をもつてしては、右暴行の事実を認定することはでき難い(もつとも、証拠によれば、本件の場合は、後に述べるような態様の暴行―これに基づく傷害―の事実が認められる。)から、原判決には判決に影響をおよぼすことの明らかな事実の誤認があり、破棄を免れず、論旨は結局理由がある。

よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに左のとおり自判する。

○ 罪となるべき事実

被告人は、東京都板橋区小茂根三丁目四番一五号株式会社協立運送店の経理担当者であるが、昭和四二年六月一六日午後四時過ぎごろ、同会社に訪ねてきた高橋三郎と同人所有の貨物自動車の買戻しの件について二、三応答の末、同人が「社長が帰つてくるまで待たせてくれ」と言つて、執拗に同会社事務所内に入ろうとするのを、被告人が「社長の帰りがおそいから、きようは帰つてくれ」などと言つて繰り返えし同人を事務所の外へ押し出したりしたのち、右事務所入口付近でなおも押し問答を続けていたところ、高橋が突然被告人の左手の中指および薬指をつかんで逆にねじあげたので、被告人は、痛さのあまりこれをふりほどこうとして右手で高橋の胸の辺を一回強く突き飛ばし、同人を仰向けに倒してその後頭部をたまたま付近に駐車していた同人の自動車の車体(後部バンバー)に打ちつけさせ、よつて同人に対し、治療約四五日間を要する頭部打撲症の傷害を負わせたものであつて、被告人の右所為は、防衛行為としてその程度を超えたものである。

○ 証拠の標目(省略)

○ 正当防衛の主張に対する判断

弁護人は、『被告人の本件所為は、高橋の被告人に対する急迫不正の侵害に対し、これを防衛するためにやむをえないでした正当防衛である』と主張するが、被告人の高橋に対する本件所為は、その因つて生じた障害の結果にかんがみ防衛の程度を越えたいわゆる過剰防衛と見られること前記のとおりであるから、弁護人の右主張は採用することができない。

○ 法令の適用

刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(罰金刑選択)労役場留置につき、刑法一八条

訴訟費用につき、刑事訴訟法一八一条一項本文

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